Delivering “extremely fresh fish” directly from Kesennuma Fish Market

Takacho Shoten’s lineup features “fish caught season”and “fresh fish.”Fresh fish are obtained at the Kesennuma Fish Market, near one of the world’s top fishing grounds off the Sanriku coast, and directly delivered to areas throughout Japan.

Taste and materials

Every morning, fresh fish are bought and packed with ice into containers at the market, and sent to customers nationwide. Takacho Shoten’s top priority is providing the freshest fish to its clientele.

Taste and materials

Equipment

In its own factory, products such as “Trout Salmon Saikyo” are produced for sale.

Equipment

仕事人

気仙沼魚市場の、
鮮度直送人。

有限会社高長商店 代表取締役 高橋千尋

市場が仕事場。鮮度が商品。
「気仙沼」を、生出荷。

ダダダダと唸る船のエンジン音。飛び交う海ネコの鳴き声。船上でガラガラとワイヤーが巻き上がる音。威勢のいい海の男たちの声。場内に足を踏み入れたとたん、さまざまな音が耳に飛び込んできた。
有限会社高長商店の代表取締役、高橋千尋さんに連れられて訪れた、早朝の気仙沼魚市場。
横づけされた大型船から網いっぱいの魚がクレーンで吊り上げられ、陸にある容器に移されている。そのそばにはベルトコンベアが据えつけられ、両脇に幾台ものハカリと人が待ち構えて、一匹ずつ素早く計量し、大きなケースに振り分けられていく。
陽がさえぎられているオープンエアの場内には、魚がぎっしり入った巨大な青いケースが積まれ、大きな魚がゴロンと並べられている。あたりまえの話だが、一面、魚!魚!魚!ド迫力だ。
高長商店が扱うのは、生鮮のマグロやカツオ。仕入れた鮮度抜群の魚を、高長商店の名を記した箱に詰め、仙台や築地、遠くは名古屋、神戸などの取引先の市場やスーパーへ直送する。
高橋さんは、毎朝5時半頃、市場へやってくる。そして7時に始まる入札に参加。仕入れた魚を、すぐさま市場内で梱包し、送り出す。「7時の入札のあとも船は入ってきて、午後2時頃まで何回かに分けて入札が行われます」。遠方へ少しでも早く届けるために、食事をとるのもままならない。
毎日、午後3時頃まで作業を続ける高橋さんにとって、ここ気仙沼魚市場は、まさに“仕事場” である。

もうひとつの「高長の味」。
繊細なおいしさを、守り抜く。

魚市場での仕入れ、発送作業を終えると、高橋さんが向かうのは自社の加工場。現在、気仙沼鹿折加工協同組合の協同施設の一棟を借りて加工業務を行っている。
高長商店は、生鮮魚を生出荷するほか、自社の加工商品も持つ。その代表的な商品が、「トラウトサーモン西京」。色はサケ、味はマスと形容されるトラウトサーモンを、高橋さん自身が吟味し、ブレンドした味噌に漬け込んだ、繊細で上品な味わいの商品だ。とても手間がかかり、原料も高騰しているため、なかなか大量生産はできないが、「おかげさまで10年以上続く人気商品で、口コミでの問い合わせも多いんです」とのこと。
食べてみると、なるほど、独自の味噌の風味が優しく染み入る絶妙な味わい。リピーターが多いのもうなずける。

思い出も、誇りもある。
以前のように、もう一度。

気仙沼生まれの高橋さんは、大学時代を東京で過ごした。卒業とともに気仙沼へ戻り、社長の座を継ぐかたちで入社。「早いもので、あれからもう40年です」と、懐かしそうに振り返る高橋さん。長い年月の間には、あの震災もあったが、いい思い出もある。
毎年、正月になると、高値で取り引きされるマグロがメディアをにぎわせ話題になっているが、かつては、「正月のマグロは気仙沼」と言われる時代があった。そんなある年、高長商店が扱うマグロが、築地市場で高値で取り引きされたことがある。気仙沼を支える一員としての、高長商店の誇らしい良き思い出。謙虚な高橋さんは、穏やかに、にこやかに語ってくれた。
「今はとにかく、以前のように復興させたい。1日も早くそれをやりきりたい。それだけです」。子供の頃に遊んだ、内湾の向こうに連なる山々を眺めながら、高橋さんは気仙沼の明日をみつめていた。