Kaneei’s “spicy hot” series bring out the flavor of the material with a mild hot spice

As part of Kaneei’s popular series, a product was newly added that has a spicy hot taste, in addition to the delectable flavor that comes from fresh materials. The increasing popularity of this series is due to Kaneei’s unique spicy flavoring.

Taste and materials

The delicious taste of Kaneei’s food items has been unchanged since the disaster of March 2011 although they left from Japanese supermarkets located overseas. The company has been keeping Kaneei’s taste of tradition since its foundation.

Taste and materials

Equipment

Although their own equipment and manpower are still not up to normal levels, the company is producing 1,000 packs of processed fish everyday and delivering them to local stores and stores in adjacent prefectures.

Equipment

仕事人

辛味の変化球が、
ウチの勝負球。

有限会社カネエイ阿部商店 代表取締役社長 阿部道康

買ってくれる人がいる。
それがなによりの、心の支え

有限会社カネエイ阿部商店の代表取締役社長・阿部道康さんは、創業者である祖父、二代目社長の父からその座を受け継ぎ三代目にあたる。
看板商品は、昭和2年の創業から守り続けているという「さんま辛味漬」と「さば朝鮮風辛味漬」。生や塩焼きで、新鮮な魚本来のおいしさを堪能できる気仙沼の地で、「辛味で変化をつけた」味わいがウケ、今も続く人気商品になっている。
しかしながら工場の設備や人手不足の問題などがまだあって、以前のようにフル稼働とはいかず、「生産量は震災前とくらべれば、半分ほどです」とのこと。それでも毎日1000パックほどを出荷する。震災前には遠くハワイやニューヨーク、シンガポールやブラジルのスーパーの店頭にも並んだというカネエイの商品は、現在地元気仙沼や仙台をはじめ、岩手、秋田、福島など近県の家庭の食卓をにぎわせている。
たまたま出かけたスーパーなどでは、やはりお客さまの様子が気になるという阿部さん。カネエイの商品の前で立ち止まり、手に取ってくれて、商品が買物カゴの中に置かれたときは、ホッとする。「ますます頑張ろうという気持ちになります。ありがたいことです」。
長い間親しまれてきた商品だけあって、遠方にも根強いファンがいる。関東から直接電話で注文してくれるお馴染みさんとのわずかなやりとりも、「ちょっとした和みのひとときです」と阿部さんは笑う。

いろんな土地で見聞を広げ
帰るべき港へ帰ってきた

気仙沼で生まれて、気仙沼で高校時代までを過ごした阿部さんは、高校卒業後、進学のため京都へと旅立った。大阪に親戚がいたことで関西への興味がずっとあったし、「いろいろな土地の文化や風習に触れてみたい」という探究心や好奇心も、もともと阿部さんの中にはあった。大学に入学して所属したサークルも、旅行研究会だった。今では身近な沖縄旅行も、当時はまだ珍しく、とくに沖縄本島以外の島々へ行く人は少なかった時代だったが、鹿児島から船を乗り継いで、石垣島や竹富島へ出かけたりもした。
京都の大学卒業後も、就職先は大阪。鞄の生地などを扱う繊維資材の会社で働き始めた。その後、転勤により東京勤務となり、卒業から5年の歳月が過ぎた。27歳の時、当時の社長である父から「帰ってこい」と声がかかった。外へ出て、さまざまな土地で、さまざまな経験を積み、覚悟と心の準備はできていた。「よし、気仙沼で頑張ろう」。

この味をもっと広めたい。
日本中へ。再び、世界へ

気仙沼へ戻ると、家業を任う一方で、13年間気仙沼青年会議所で理事長も務めるなどして、地元での交流も深めてきた阿部さん。思えば、歩んできた土地土地で得たつながりや交流は、今でもなによりの財産だと実感している。
震災の際には、通信・連絡網が遮断されている状況のなか、何かの手段で名前を見つけてくれた関西の友人から、励ましの声が届いた。また、出張で仙台まで来たからと見舞ってくれたりもした。
辛いときも、そんなつながりのありがたみを思い出せば、乗り切っていける。かつては海外のスーパーの店頭にも並んだカネエイの商品。再びまた、そんな日がくるように「どこまでやれるかわからないけど、今はただ頑張るだけです」と阿部さんは語る。
ずっと昔から自分の中に芽生えている見知らぬ土地へと馳せる夢を、もっともっと大きく持って、その夢にカネエイの商品を乗せて、日本中へ、再び世界へ、届けてください!